2018年6月6日

【加納愛のMarkedemia】全米スタバ閉鎖から見るブランディングの本質:我々は何者であるのか、を問い続ける仕事

(加納 愛 / ブランディング・事業開発部、アソシエイト・ヴァイスプレジデント)

 

ブランディング&事業開発担当の加納です。先々週、最近スターバックスが従業員の人種差別防止研修の目的で、全米8千店を一斉閉鎖したことが大きなニュースになっていました。スタバの徹底したブランディングは有名ですよね。この例はブランディングって何?の答えが詰まっているわかりやすい例だと思うので、少し論じてみたいと思います。

スタバ全米8千店、一斉休業 黒人客逮捕で差別防止研修

テレビのニュースではニューヨークの街頭で「今日どこでコーヒーを飲んだらいいのよ!」と文句を言っているアメリカ人カスタマーの姿や、一部株主から営業閉鎖に不満も…なんて取り上げているメディアもありましたが、おおむね「やっぱスタバはすごいわ」という感嘆をもって評価されているという印象を受けます。

スターバックスは「インクルージョン(Inclusion)」を重要な企業文化として掲げているわけですが、実際にLGBTの取り組み、賃金の男女差の100%解消、トランプの難民政策に反発しての難民1万人雇用宣言など、社会的な発言やアクションを起こしてしばしば話題になっています。

Inclusion at Starbucks(スターバックスにおけるインクルージョン)

上のリンクのページにもありますが、インクルージョンについての文の最後は次の文章で締めくくられているのが印象的です。

We will continue to strive to create a culture of belonging – where everyone is welcome- so that we can continue to drive innovation and growth through our people.
(私たちは親密感を感じられる文化〜誰もが歓迎される場所〜を作ることに引き続き努力することで、働く人々を通じてイノベーションと成長を駆動していきます)

このスタバのポリシーが世界中に知られているからこそ、「スタバ職員がまさかの人種差別?誰でも歓迎するのがスタバだろ?ありえない!」とまさに世界中の人々が驚くわけです。そのスキャンダルを「ありえないんです、その通りです!これは企業の存続に関わる非常事態なので営業利益度外視で全店舗休業して社員教育します!」とセルフ炎上商法で何百倍にも事を大きくし、事件を利用していかにスタバが反差別であるかを世界中に印象付けようとする経営陣の徹底ぶり、本当にすごい。ここまでやれる企業は世界でも稀だと思います。

似たような話で有名なのがリッツ・カールトン。リッツ・カールトンにはグループ直営ではないパートナーホテルが世界中にたくさんあるわけですが、そのうち1つのパートナーホテルがブランドのポリシーに反するサービスを提供していると顧客から苦情があった際に、翌日の朝にはホテルのエントランスの看板から客室のメモ帳に至るまで、すべてのプロパティからリッツのロゴが外されていたという有名な事例があります。

このリッツの事例研究は会社の研修制度でインドのトップ経営大学院の一つ、Indian School of Business (ISB)でブランディング講座に参加した時に学んだのですが、その時に素晴らしい講義をしてくれたアメリカ人のブランドコンサルタントが強く強調していたことは「やりすぎること(doing too much)が大切。やりすぎて初めて、その企業は人の心に残るブランドになる」ということでした。日本で教えを請うていた著名なブランディングの専門家の先生も、全く同じ事をおっしゃっていました。スタバの例もリッツの例も、一度聞いたら企業の価値とセットで心に刻み込まれて忘れない。確かにその通りです。

前回はマーケティングについて書きましたが、ブランディングとマーケティングを混同している人はたくさんいます。さほど規模の大きくない組織では、ブランディングとマーケティングを同じチームが兼ねていることも多いですが、似て全く非なるもの。うちの社内でも、「ブランディング担当です」と自己紹介するとトンチンカンなリクエストをされることがよくあります。

あるある・その1「競合比較してうちのサービスを差異化する宣伝文作って」

あるある・その2「じゃあホームページに乗せるブランド・メッセージ考えてよ」

あるある・その3「有名ブランドと契約して、パートナーのバナー増やして」

え、いや、あのー、ブランディングってそういうことじゃないんです…。と思う事も多いので、上記のリクエストに反論しつつ、ここでは自分がブランディングの肝だと思っている3つのポイントを議論したいと思います。

 

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その1 ブランディングは、深い内省から生まれる。

「競合との差異化」がブランディングだ、と思っている人、結構いると思います。でも、スタバのインクルージョン・ポリシーやリッツ・カールトンが実践する「クレド」といったユニークな企業価値は、競合分析で保証や付帯サービス、価格の比較をして生まれてくるものではありません。業界・マーケットで何が起きているかを知っておくことは当然必要ですが、外交的な比較の発想で考えても、その組織が潜在的にもつ本当の良さ・価値はわかりません。「自分たちは何者で、なんのために存在するのか?」という内省から浮き上がってくるものです。

槇原敬之の名曲「世界に一つだけの花」の中に「ナンバーワンにならなくてもいい もともと特別なオンリーワン」という歌詞がありますが、ブランド価値の発掘は、この「もともと組織に備わった特別ななにか」を掘り出して言葉にするって感覚に近い気がします。とはいえ、組織はそう謙虚では存続していられませんので、業界において「オンリーワンでありナンバーワン」になることが命題なわけですが。

そういう意味においては組織のブランディング担当も、ブランド・コンサルタントも、その組織が根本的に好きでなければつとまらない仕事です。私自身、「自分はカクタスの良さを全社員700人の中で、創業者よりも、社長よりも、一番わかっている人間だ」と心底思い込んで働いていますし、社内に同じ思いを持った人を増やすこと自体がブランディング担当の仕事の第一歩なのです。

 

その2 ブランディングは、アクションがすべてである。

「ホームページに乗せるブランド・メッセージ作って」というリクエスト、よくあります。ここで反論したいのは、わかりやすくて耳に心地いいブランド・メッセージを作ってサイトやパンフレットにドーンと乗せたところで、それが社員全員に徹底され、カスタマーに明らかに見える形で実践されていなければ、逆に組織にとって悪影響だということです。

例えばある大学が「体験から学ぶ」を掲げているのに、実際には8割の授業が講義形式だったら?ある飲食店が「笑顔第一」を掲げているのに、店員が不機嫌そうに接客してきたら?「え、どこが?」「嘘つくなよ」とがっかりされるくらいなら、ブランド・メッセージなんて仰々しく出さない方がよっぽどマシです。

カスタマーに向かってブランド・メッセージを飾り立てて出す前に、まず組織内でやることが、それはもうたくさんあります。組織の価値が一人一人のスタッフに伝わり、誰もが仕事のコアにその価値を置いて、実行できる体制になっていますか?経営陣や社員はその価値について自分の言葉で語れますか?スタバのように、ある日その価値が侵害された時、何かを投げ打ってでも大きな決断ができる準備はできていますか?アクションがすべて。それができなければ、「看板に偽りあり」のブランディングになってしまいます。

 

その3 ブランディングは、他者ではなく自分との戦いである。

スタバは全米17万5000人の社員のうちたった1人の人種差別をした社員のために、顧客や投資家の苦情も横に置き、1日分の膨大な売り上げを投げ打って膨大な研修費用を費やして全店閉鎖に踏み切りました。ここまで大きくなくても、誰がなんと言おうと自分の組織の価値に照らして正しいと思う経営判断や業務上の決断を、毎日毎日、トップからボトムまで実行できるかどうか、それがブランディングの根幹です。これは他の競合組織との戦いというよりは、自分たち自身の怠け心や甘えとの戦いです。

例えばカクタスのリアルな例では、アカデミックなコンテンツを扱うときの出版倫理を守ることが重要な価値の一つです。お客様から発注されたコンテンツが出版倫理に抵触する可能性がある場合はお断りしなければならない。でも、売上目標を持っている営業スタッフはその売上と出版倫理を心の天秤にかけるかもしれません。経営側は、その数百万のいっときの売上よりも、1つの倫理違反に関わってしまうことによる長期的なブランドへのダメージを見据えて、正しいアクションをとった社員を評価するような教育やシステムをつくる必要があります。

また、「あるある3」に挙げたような、「有名ブランドと契約して、まだない自社の信頼性をあげよう」というのは、企業が小さい時にはよくある手法ですが、自分との戦いどころか人のふんどしで相撲を取る的な発想で、実は見かけほどのブランドマイレージは得られない、というのが自分の経験です。

 

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この仕事をしていると、ブランドを作る過程は一人の人間が成長して行く過程でのアイデンティティ構築の過程ととても似ていると感じます。ブランド・マネージャーの私たちの仕事は、

「なぜ自分は他の誰でもなく自分なのか?自分が自分であることの意味は何か?」

「自分はどこから生まれ、どこへ向かうのか?」

「自分は社会や他者にどんな価値をもたらすのか?」

といった青年期に頭が割れるように悩んだ自分への問いを、自分が所属または担当する愛すべき組織に置き換えて問いかけ、飽きることなく問いなおし、その答えを時代に合わせて再定義し続ける仕事だと思います。

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