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【まことのFACT】社長の仕事 makotosfact2

カクタスの社長になり5年が経ちました。大企業だともう社長交代の時期になることもあるかと思いますが、5年が経過した現在でも出来ていない事がまだまだ山のようにあります。特に5年、10年先を見据えた事業拡大やサービス改善は質・量共に全然期待通りにできていません。日々の課題や目の前の売上のために多くの時間を費やしている私のような社長が世の中にはたくさんいるのかなと思います。ではそれは正しいのか間違っているのか?

本題にある「社長の仕事」の定義は、個々の社長の中に存在していると思います。それは決して一般化されるものではなく、業種、市場、会社規模などにより様々です。世間では社長というと広い社長室にいて、判子を押したり、会議で偉そうにしている印象を持たれる事もありますが、少なくとも最近の会社にはあまりない光景かと思います。というか、そう願います。

実は私の祖父(母方)も父も社長でした。それぞれ私も含め皆代々、別々の会社の社長を経験していることになります。私は雇われの社長ですが、今思えば自分が社長になったのは家系から来る運命だったのかなと思います。祖父はいわゆる昔の社長そのもので、名誉欲が強く見ていて違和感もありましたが、愛国主義に満ちており、国に納税することに誇りを持っていました。それに対して、父は豪傑系の社長でした。それはそれは怖い社長で、社員の方(体育会系の猛者たちです!)にいつも恐れられていました。今の時代なら完全にアウトですが、社員に手を挙げている事もよくありました。自分が社長業を務める前以前は、この二人が自分の社長像でしたが、実際社長になった時に自分は彼らとは全く違うと思いました。私は社員に命令する事があまり得意ではなく、どちらかというと自発的にやってもらうように促すタイプですし、納税する事に誇りはなく節税方法をいつも探っています(笑)。会社でも社員に「社長」でも苗字でもなく「誠さん」とファーストネームで呼ばれており、上下関係というよりも、役割分担を好みます。またこの外見のせいか、社外でもほとんど社長に見られません。

こんな風に、三世代が異なる会社、異なるタイプの社長になったわけですが、それでも祖父と父に自分との共通点を感じる事が最近はあります。実はカクタスに務める以前には父の会社に2年程勤めており、その経営を間近で見ていましたが、父はよく「社長の一番の仕事は決断を下して、その責任を取る事だ」と語っていたのを印象的に覚えています。当初は全くなんの事か理解出来ず、初めて聞いた時の私の感想は「社長の仕事ってそれだけ?」「これなら自分でもできるぞ。でも責任を取るって何?」でした。父が経営していた家業はその後大変苦しくなり、本当に父が大きな意味で責任を取る時が来たのですが、「これが一つの責任の取り方なのか」とその時に初めて実感しました。私が父と同じような責任を取る瞬間が訪れる事はないと期待していますが、社長は様々なシーンで決断と責任が求められることを、その後カクタスで社長に就任してからは日々切実に感じています。そして、この仕事ができない社長は落第者です。また自分の経験則から言うと、決断と責任取りは早ければ早いほどいいのです。

何か重大な決断を下さなければならない時、その決断が必要とわかっていても痛みを伴うので下したくない時、自分が苦しむとわかっている決断を下す時など、先送りしたくなる理由は無限にあります。しかし会社がダメになる典型的なパターンは誰も決断を下さず、「今は一時的に大変なだけで、しばらくしたら良くなる。売上も回復するはずだ」と言い聞かせ、何もしない事です。「しばらく様子を見て、考えよう」なんてよく聞く言葉ですよね?私もつい言ってしまいますけど、本当にダメだと思った時は、相手が誰であろうと「ダメだ」と言い、大きな方向展開、最悪チームの変更、プロジェクトの中止を決断する必要があります。しなければなりません。

では、その決断の責任を誰が取るのか?成果が出せなかった部下?企画を言い出した人?チーム全員?いえ、それが社長としての私の仕事です。結果に対して責任を取る。これは、ダメなら社長を辞めるという責任の取り方ではなく、成果が出なかったという事実を認めて、自分に非がある所も認め、その結果を踏まえ何が問題だったかを客観的に議論し、今後の進め方を決めるという意味での責任です。そこでプロジェクトを中止する事もありますが、先に書いた通り「決断」が早ければ早い程、傷が浅いうちに治療が出来ます。なので「やりたくないなー」と思う決断や発言も早め早めにするようにしています。

これが父の失敗から学んだ事です。実家のビジネスは一族経営でいわゆる「なあなあ」が続いていました。皆自分以外の事業やチームに口出しをせず、また決断も業績が悪化するにつれてどんどん遅くなっていました。もう本当にどうにもならない段階になり大きな決断をしたのですが、それはもう遅すぎで、大変な責任を取る事になりました。最悪の決断と責任です。

自分自身、カクタスの10年で数多くの過ちを犯しましたが、今でも後悔しているのが「遅すぎた決断」です。詳細はお伝えできませんが、「やらなくてはいけない。でもこれはなかなか」「いや、そのうち改善するだろう」と遅らせた決断が最後に大変な事になったことがありました。当然そこから多くを学んだので、本当の意味では後悔にはならないのですが、今後同様に大きな決断を下す必要がある時の自分への戒めとして、このブログをその時に読むつもりで書いています。とはいえ、同じような決断を下す時が来ない事を心の底では願っていますけれど(笑)。

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湯浅 誠

カクタス・コミュニケーションズ株式会社、代表取締役。1978年千葉県生まれ。大学を卒業後に渡英。その後インドに渡り、Cactus Communicationsに就業。現在は日本法人であるカクタス・コミュニケーションズ株式会社の代表取締役を務める。

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